ワイン産地の国、スイス
23の州と4つの言語(ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語)から構成されるスイスには長い歳月をかけて培われた食べものとワインの歴史があります。スイスのワイン産地は西部(フランス語圏)、東部(ドイツ語、ロマンシュ語圏)、ティチーノ州(イタリア語圏)の3つに別れています。これらの地域はフランス、イタリア、ドイツ、至り、オーストリアと世界的に有名なワイン生産国に囲まれています。
スイスのぶどう畑には数多くのぶどう品種が栽培されているのですが、世界的にはまだあまり知られていません。白ワインの品種の中でも有名なのがシャスラーで、土壌と環境に非常にに敏感なこのワインは微妙な味の違いを生み出しています。
赤ワインの品種ではさまざまなスタイルに仕上がるピノ・ノワールが有名です。
気候と土壌
スイスのワイン畑は北緯45度から47度の、標高300m - 700m
の間で栽培されています。標高1100m に位置するヴァレー州のVisperterminenにはヨーロッパの中でもっとも標高の高いワイン畑があります。
秋の昼と夜の温度差が大きい環境からは深いアロマと繊細さを備えたワインが産まれます。
充分な日照時間(年間2000時間以上)が急斜面へ当たるのと、十分な降雨がワイン栽培条件の一つですです。ぶどう畑のいくつかはマイクロ気候に特徴づけられます。ヴァレー州ではフェーンとよばれる温風。湖や川の輻射熱、ラヴォには直射日光、レマン湖に反射された太陽光、ぶどう畑に吸収された太陽光と3つの太陽があるといわれています。
スイスはその変化に富む地形のため土壌もさまざまです。石灰質から粘土を、砂っぽい土。また、表推積の破片を含んだ土も見られます。
このような土壌の状況や散在するぶどう畑そして急斜面のため、ぶどう栽培や収穫はほとんどすべて手作業で行われます。
スイスワインの歴史
ローマ軍がアルプス山脈を越えてスイスに最初にぶどうの木を運んできました。その時彼らは立ち寄った証拠をしっかり残していきました。新石器時代、紀元前3000年頃の種がヌシャテルの付近で見つかっています。彼らはぶどうだけでなく、それを栽培する知識も持ち込んだのです。ローマ帝国の滅亡をもたらしたバーバリアン(異邦人)の大規模な侵入はぶどう畑も消滅させました。そしてワインはキリスト教と聖なる儀式のもと再びよみがえるのです。修道士がすでに存在していたぶどう畑を復活させ、未開墾の土地に新しいぶどうの木を植えたのです。
スイスのワイン貿易は16世紀から17世紀にかけ全盛を迎えました。しかし19世紀末までにはアメリカからフィロクセラなどの虫害が伝染したり、運送の発展により輸入ワインが増加し、産業革命や都市化のためスイスのワイン耕作面積は33000ヘクタールから12500ヘクタールにまで減りました。現在は15000ヘクタールがぶどう栽培に使われています。 |